これを観てきた
2011/11/01/21:18:54(Tue)
「猿の惑星 創世記 (ジェネシス) 」![tc1_search_naver_jp[1]](https://blog-imgs-46-origin.fc2.com/7/6/3/763422/201110312126361d0s.jpg)
「猿の惑星」と言えば、私の中ではSF映画の最高傑作のひとつ。
あと、二つ挙げるとすれば、「ブレード・ランナー」と「遊星からの物体・Ⅹ」二作目だね。
「猿の惑星」 第一作目のあのエンディング、あれは子供心にもショッキングだった。
おりしも、時はベトナム戦争の真っただ中、しかし米ソ間では1960年代末からの緊張緩和政策、世に言う「デタント」の時代に入った頃ではあるが、まだまだ全面核戦争の危機が世界を覆う危険性の満ちた時代だった。
そんな世状の中で作られた「猿の惑星」シリーズは以下のようになっている。
第一作 「猿の惑星」 1968年
第二作 「続・猿の惑星」 1970年
第三作 「新・猿の惑星」 1971年
第四作 「猿の惑星・征服」 1972年
第五作 「最後の猿の惑星」 1973年
第一作目、第二作目までは良かった。
第三作目あたりから、
「観てるモンをバカにしてんのかい!!」
との印象を、これまた子供なりに感じてしまった。
あの衝撃の一作目を侮辱されているような気がして、腹立たしかった。
十何歳の少年が・・・・・だよ!
と言うことで、興味を失うと何も記憶しない私としては、第四作目以降は観たけど、ほとんどその内容を覚えていないのが実際のところなのです。
さてさて、時は流れて2011年8月。
宮崎アニメの「コクリコ坂から」を見に行った時、本編上映前の宣伝として観た 「猿の惑星・創世記 (ジェネシス) 」
コレにやられたね。
主人公であるチンパンジーの「シーザー」の目の表情。
コレに魅入られたね、私ゃ。
『絶対に観たい!』
と、思ったのでした。
この映画の中のお猿さんたちは全てC.Gだそう。
だけど、生き生きしてるんだ。
その製作上の陰には、第三の役者とでも言うべき人物、アンディ・サーキス氏が居る。
彼は、その世界では超有名人。
モーション・キャプチャーを使った数々の作品で高い評価を得ている “名優” なのだ。
彼なくして、この映画の完成はおぼつかなかっただろう。
人間以上の知能を持ってしまった猿を彼は演じている。
その動きは、人間ではないし、まして猿そのものでもない。
今まで誰も見たことがない “シーザーの動き”なんだな。
見たことがないモノに感服するしかない説得力を、彼の演技は持っている。
反逆を決意した猿たちが人間を襲う場面で、過剰な攻撃に対してシーザーは
「殺すな!」
と、つねに叫び続けている。(そう言っているハズだと私は思う)
もはや 人間以上の知能を持ってしまったシーザーは、ちょっと上から目線。
人間は人間同士で殺し合いをするが、猿は猿を殺さない。
ましてや、人間を殺してしまったら、彼らと同じレヴェルにまで自分たちを堕とすことになってしまう。
シーザーはこの映画の中でけっして殺戮を望んでいない。
痛めつけるだけで十分。
と考えているみたい
しかし不可抗力によって死に至らしめてしまう場面はあるが・・・・・
そして最後にちょろっとだけ出てくるシーンがパンデミック(汎発流行)の恐ろしさを伝えている。
汎発流行って、ちょっとわかりにくい言葉だなぁ。
世界的蔓延 爆発的流行 等とした方が危機感があって適切なんじゃなかろか?
まぁ、イタズラに危機感を与えすぎてもマズイけれど・・・・・
さて、ここまで書いて、上の方の文章とやっと繋がるんだ。
第一作目が作られた頃の世界情勢。
そう、第一作目では件の惑星が核戦争により滅亡したことを思わせるような部分があったと私は記憶している。
パンデミックによる伝染病での人類の滅亡とは、一本の線上に並ばないんだ。
ひょっとして、もう一本この映画の続編が作られるのではないかと言う気がする。
いやぁ、映画についてこんなに長々と書いたのは、はじめてです。
それだけ、思い入れが強かったと言うことで御容赦願いたい。